遊備忘録

ここで泥を吐き出すことによって日常生活を保つことができます

自習

 

ニートになり、気づけば二ヶ月も過ぎている。

 

 

重い鬱期は脱却しつつあり、外に出ることも家事をすることもできるようになってきた。

 

これだけで大きな進歩。

 

 

元気になると必ずやってくるこれからどうしようの不安。

 

そろそろ次の計画を練り始めないとなと思い腰をあげる。

 

 

私の今の目標ってなんだろうな。

 

まず、会社で働きたくないということが一つ。

 

好きなことでフラフラ生きていきたい。

 

 

じゃあ自分の好きなことってなんだろう、と考えた時に

 

・お洒落って何かを考えること

 

・本を読むこと

 

・何かを書くこと?

 

・人にありがとうと言われること

 

・ご飯を食べること

 

・生活をちゃんとすること

 

とにかく私の周囲の物事を疎かにしないことだと思う。

 

 

逆に言えば、自分から遠いことに関することはなるべく避けた方がいい。

 

 

結局やりたくなくなる。

 

 

じゃあ今の漠然とした不安ってなんだろう。

 

・これからの生活費用、お金を確保する方法

 

・働き出して、忙しくなったら自分の気持ちをまたネグレクトすることになったらどうしよう

 

・一日のスケジュールを自分で決めて、好きな時にジムに行ったりしたいけど出来るかな

 

・自分のやる気をコントロールできるかな

 

・働いても気持ちが貧しくならないように生きたいけど、実現可能かな

 

・場所に縛られたくない

 

 

 

色々書いたけど、結局はお金と自分自身に対する不安。

 

 

お金は最悪アルバイトでも食いつなげる。

 

どうしても厳しいのであれば実家に帰ったって、会社員として働けばなんとかなる。

 

 

じゃあ自分自身をどう律するか。

 

それが大きな今の不安材料だと思う。

 

 

自分にできるのかな、才能なんてないのに、やる気だって続かないし、疲れたしダラダラしたいな

 

ここら辺だと思う。

この対策をどう練るか。

 

 

まず1週間のスケジュールを立てる。

 

その後、それをどう守るかを考える。

例えばやる気がなくてもとにかくカフェにいくとか。

 

それを繰り返して自分がどういう時に約束を破るか、どういう時なら守れるのかを観察していく。

 

 

全ては環境のせい。

だからその環境をどう自分にとってベストにできるかがこれからの課題、ということがわかった。

 

では、今日から一ヶ月くらいは実践期間とする。

 

また来月検証結果をここで書こう。

 

弾丸鎌倉

 

弾丸で鎌倉にきた。

 

海の写真を撮る必要があったので、

 

ついでにホテルにでも泊まってゆっくりしようと決め、行きたいところをリストアップしていたところ30日に花火大会があると知った。

 

 

人が凄そうだが、花火大会を見に行けるなんて久しぶり。

 

 

レジャーシートを買って、ワクワク久しぶりの一人旅。

 

 

意外と鎌倉は近く、渋谷から一本だった。

 

まずは鶴岡八幡宮を目指して、なぜこんなにも重いか分からない荷物を背負って歩く。

 

思っていた以上の観光地で、京都みたいな食べ歩きがたくさん。

 

 

修学旅行生も多く、平日にも関わらず多くの人で賑わっている。

 

 

歩き始めてすぐに、今の身体でこの二日間やっていけるか不安になった。

 

目的地につき、怯えていた階段もそこまででは無かったことに胸を撫で下ろす。

 

 

今回の旅の目標は疲れ果てない、と言うことだったのでお参りしてさっさと次の目的地へ。

 

 

シェアサイクリングが神奈川にもあり、いつもお馴染みの赤チャリではないHELLO CYCLINGと言うアプリを入れた。

 

 

自転車を漕ぎ始める前に、ファミマで爽のみかんを買った。

 

爽を食べるなんて何年ぶりだろう、と思いつつ一口食べて自分の選択を褒めた。

 

火照った身体を冷まし、いざ光明寺へ。

 

自転車に乗った瞬間、ふわっと身体が軽くなり電動自転車を作ってくれた人、シェアサイクリングを広めてくれた人たちを抱きしめたいくらい感謝。

 

 

海沿いを走り、8分ほどで到着。

 

Googleマップで見ていたよりもずっと近く感じた。

 

私が好きな感じのお寺!(浄土宗)と思って興奮したのも束の間、まさかの大修理中。

 

まあまたこればいっか、と写真を撮って退散。

 

 

次は念願のまるわ食堂。

 

が。。。

魚が新鮮では無かった。

 

これは大ショック。

 

アジフライは美味しかったけど、、、、、

 

海が近いからといって必ずしもご飯が美味しいとは限らないと言うことを勉強した。

 

観光地だから仕方ないか。

 

気を取り直して自転車を漕ぎ、ついに海へ。

 

海を見ていると頭の中が静まる。

 

唯一ぼーっとできる瞬間。

 

しばらく写真を撮り、早めにホテルに到着した。

 

ホテルのお風呂が一面海で想像の3倍良かった。

 

海を見てばっかりの旅、最高。

 

 

人も少なくて本当に良かった。

 

お風呂を出て、夕暮れの日の入りの時間にもう一度目の前の海へ。

 

 

こっちの海の方が海水浴場よりひっそりとしていて好きだ。

 

少し雲があり、日の入りと富士山は見れなかったがとても綺麗な景色に満足。

 

明日は見えるといいな。

 

 

今日は疲れたので、9時くらいに寝た。

 

 

良い一日だった。

 

動くはずの無かったもの

 

 

5月24日(土)20:47

いのっちの電話にかけた。

 

かけるつもりは無かったのに、というか

電話かけて何を話せばいいのかという自信がなかったといった方が適切である。

 

 

でも、この状況はどうせ地獄だし

もうなんでもいいやとなんとなく番号を押してみた。

 

 

「はい。」

「あ、あの、、、すみません。ちょっとし....(んどくて?)」

ワンコールで出たことにビックリしたのと同時に、何を話せばいいのか分からないパニック、そしてまだ何も話していないのに涙が止まらなくなってしまった。

 

「死にたい?」

「あ...まあ、はい。」

「死にたいのはね、自分が自分のことを否定してるからだ。今から自分のことを2度と否定するな。」

「....はい。」

「あんたが頑張ってきた今までを『なんでできねえんだよ、死ね、カス』っていうか?じゃあ考えてみて。もしあんたの子どもが、あんたの子じゃなくても小さい4歳くらいの子に『なんでできねえんだよ、死ね、カス』っていうか?言わないだろ。それと一緒だ。」

「?」

「よく母親とかが自分の子どもの悪口とかいうだろ?あれまじで殺すぞって思うもん」

 

いきなりのスピード感とナイフのような切れ味で少し怖いと思った。

 

「で?それを言わないかっていってんの」

 

私は自己否定もすごくあるけれど、その時の感情は自己否定よりも”疲労”だった。

 

「なんか、自分を否定して死にたいというよりも、もう疲れちゃったんですよね。

えっと、私ずっと追いかけてた夢があったんです。」

 

「何?」

 

「スタイリストになりたくて。過酷さは覚悟してたんですけど、あまりにも常識を上回っていて。」

 

「スタイリストなら俺知り合いいるよ。飯塚慶太とか。」

「え。?」

北村道子も知ってるけどあれはケンカした、ハハハ」

 

???????????

 

なぜ?そんなに知り合いが???しかも呼び捨て?

この時点でもう私の脳のキャパは破壊された。

 

「何?服が好きなの?」

「はい、好きです」

 

「スタイリングが好きなの?作るのは?」

「......スタイリングが、好きです。(作るのも好きかもしれないけど、というか多分好きだけど作れないしな)」

 

「売るのは?」「好きじゃないです。」

 

 

「一番つきたい人にもっと連絡しろ。俺からでも連絡してやる。声掛けてやろうか?お前が死なないんだったら何でもやる。」

 

スケールがデカすぎる話に圧倒されつつも、残された脳の小さいところで

 

((でも、あの業界自体が私好きじゃないんだよな。

もう一度アシスタントについたところで。))

と思っていた。

 

「やれることはやったんです。でも....」

 

 

「でもさ、スタイリストダサいやつしかいなくね?広告業界クソだし。皆ダセぇ。」

 

(この人はなんてモノをハッキリ言うんだ。しかも、私のモヤモヤを一瞬で、、、)

「....確かに広告業界、憧れていたイメージと違って結構ガッカリしました。」

 

「アイツら金でしか動かねえし。ダサいやつしかいねえし。なのに俺の方がずっと稼いでるし。」

 

言い過ぎだろ、と思いつつ少し笑ってしまった。

 

そして、ありえない提案をされた。

 

 

「分かった。お前と俺で雑誌つくろうぜ」

と。

 

 

この人は何を言っているんだろう、と全く理解できなかった。

 

 

「それでその雑誌をまめちゃんに見せよう」

「まめちゃん?????(誰???Mame Kurogouchiなワケないよな)どなたですか?」

 

「ほら、Mame Kurogouchiの。」

「エッッ」

 

もう降参、頭がついていかない。

 

何が起こっているのかよくわからない。

 

 

「雑誌の名前何にする」

「え、名前ですか」

「うん、好きなもんは?なんかないの?」

「水...ですかね」

「ハハハ、水?オッケー、じゃあ漢字でファッション誌『水』ね」

「ええ...?」

 

あっけなく名前が決まった。

そんな決め方でいいのか...?

 

肝心な中身はどうするのか。

 

「俺に今までで撮った写真の中で一番好きなやつ送って」

「(撮ったことないし、そんな撮れるような立場じゃない...)え、いや、。持ってないです...」

「じゃあ好きな人の撮った写真でもいいよ。なんか好きなやつ。著作権とか気にすんな」

「(いや、、、流石に気にするだろ、、、)じゃあ1週間後でもいいですか?」

「いいよ、じゃあ1週間後俺に送って。よろしく」

 

こんな感じでよく分からないまま、怖いくらいにトントン拍子で事が決まった。

 

人生で一番大きな出来事は

人生最速で決まった。

 

 

やることはただ、1週間後に写真を送る。

 

それだけ。

 

注意点は

フィルムカメラで撮れ

・その人の良さがわかるスタイリング

・金をかけるな

 

 

の3つ。

 

「自信がない、自分なんてつまらないとは死んでも言うな、俺は本気でお前と仕事するんだから」と言ってくれたので、絶対に言わないと初めて本気で思えた。

 

私はこんなにハッキリと言ってもらえたことが嬉しくて、ただ泣きながら「ありがとうございます」としか言えなかった。

 

 

何処の馬の骨かも分からない私に本気でぶつかってきてくれてるんだ。

 

死ぬ気で今できる精一杯をやろう。

 

 

まず明日はフィルムカメラを買って、りんたろうと落合の写真を撮らせてもらおう。

 

でも、なんでこの人はここまで提案してくれるのか、と思っていた。

暇つぶしにしても人助けにしてもスケールがデカすぎる。

 

 

00:02

電話がかかってきた。

なんだなんだと取ると、さっきよりも少しご機嫌そうな坂口さんだった。

 

「やるぞ、ナカヒガシ。かっけえやつ作ろうぜ」

 

「は、はい!」

さっきよりもとても元気な声で私は返事をした。

 

 

「俺、お前のこと好きなんだよ。もちろん異性としてとかじゃなくてね。」

「分かってます笑。ありがとうございます。」

「とにかく気に入ったってこと。しかも絶対美人だ。」

「(どうしよ、、、やばい、期待されたら終わる!!!)いやいやいや!!!!」

と全力で否定したが、きっと彼の中ではイメージが美化されている。

 

「俺には見えるんだよ。だからお前とやる。かっけぇやつ作ろうぜ」と。

 

まあいっか、と初めて思えた。

もうおもろいし何でもいい。

 

久しぶりに自分を磨くモチベーションにもなるし。

もし会うときにガッカリされないように(だいぶ怖いけど)、自分を磨こう。

 

 

なんてったって彼が言ってるんだ。

それくらい彼は強引で純粋で、謎の説得力があった。

こんな混じり気のないストレートな人は初めてだ。

 

 

「俺には見える。まめちゃんと絶対にパリコレでスタイリングしてやろうぜ。」

「バカだと普通思われることだけど、これは投資なんだ。雑誌が売れたら全部お前にやる。俺は金を貰わなければ金が入ってくるって神様から言われたんだ。だから自分の絵を売れってことだな。」

 

彼はそういった。

 

 

正直私からみても馬鹿である。

こんな何処の馬の骨かも分からない人間、ましてや電話で30分しか話したことがない人間に投資なんて、リターンの確率が0に等しい投資をやるだなんて。

 

 

でも、そのおかげで私は命を救われている。

 

彼のおかげで、生きることができている。

 

 

もうダメかと思った。

この24年間全て無意味だったから、もう疲れたから、灰にしてしまおうと。

 

この30分の電話で、私の人生は変わった。

前と後で別人のように生まれ変わって

動くはずの無かった事が動き始めた。

 

 

ワクワクという感情はいつぶりだろうか。

まだ自分の中に残っていたのか。

 

「楽しいことだけやるんだぞ。お前の今からやることは理解されないから言わなくていい。無言実行が一番かっこいい。評価なんてどうでもいい。楽しいからやるんだ。わかったな。じゃあよろしく。」

 

そういって彼は電話を切った。

 

 

 

私は今、生きている。

 

 

 

大人とは?#2

 

パスワードを忘れるほど久しぶりだと思ったら意外と一ヶ月しか経っていなかった。

 

新しい環境というだけでストレスがかかるのに、アシスタントは思っていたよりも過酷だった。

 

 

まあ今日はそんなことはどうでも良く、最近の頭の中について整理しようと思う。

 

 

気づけば24になり、じわじわと大人の仲間入りをしてきた。

 

 

上からは「まだまだこれからだね」と言われ、

下からは「しっかり大人ですね」と言われる

なんとも居心地の悪い年齢だ。

 

年齢を考えている時点で自分の思考は浅いな、と書きながら反省している。

 

 

今日は「大人になるってどういうことだろう」と2年ぶりに考えてみようと思う。

まずは2年前の答え合わせから。

 

lily-child.hatenablog.com

 

この時は今よりも早く大人にならなきゃ、と焦っていた。

でも、この時の焦りは必要な焦りだったと思う。

何者でもない自分を変えたくて、まず自分とはどんな人間かを知ろうとしてたのは良い選択。

あとは多分爪先立ちしないと成長しなかったと思うし、したから今の段階があるんだと思う。

でももっと言えば、爪先立ちよりもジャンプしてたらもっと上の段階に行けたかも、なんて。

まあ、この時の精一杯は爪先立ちだから仕方ない。

 

「周りの風速だけ変わって中の時間が止まってる感覚は直る?」

2年後には直ったっぽい。なんなら今の自分めっちゃ走ってる感じする。その点は良かった。

でもこの文章、今よりも更に自分に酔ってる感じしてきもい。

精進!次!

 

 

lily-child.hatenablog.com

 

「どうすれば興味関心が外側に向けられるようになるかという方法は模索中」

 

興味関心が外側に向けられるようになるには、
いろんな人と関わるしかなかったよ。

次!

 

lily-child.hatenablog.com

 

2024年4月では、黄色とピンクが好き。

すごくない?めっちゃ変わるよね???

なんでかは多分今からわかると思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

最近は大人になったというべきか、月日が経ったと自覚するタイミングが少し増えた。

 

その中の一つとして、特に感受性が落ちている。

 

これは正直歳だけではないことは分かっているが、

とにかく周囲に対する感度が下がった。

 

感情のメーターが以前は振り切れていたのに、

徐々に-100〜100、そして-50~50と小さくなっている。

 

自己防衛のために無意識に小さくしたというのもあるが、大変つまらない。

 

その分ありがたいことにまだ生きやすくなっている。

 

以前よりも許せなかったものが許せるようになった。

 

 

が、弊害として純粋に何が”良い”かが分からなくなってきた。

 

 

いろんなものを受け入れることができるようになったと同時に、

自分のこだわりが薄まってきた焦燥感がある。

 

以前のような感情の爆発も減ってきた。

 

全てを憂い、他者に対する憎しみも

世界が変わって見える高揚感も。

 

なんとなく憂い、

なんとなく気に入る。

 

このままでいいわけもない。

 

思い返せば、痛覚を失くさなければ耐えられなかったということもある。

 

生きる為に自分は正しい選択をしたのだと思う。

 

また、いつまで経っても感情を爆発させていては成長もしない。

 

 

服でもなんでも、まず増やしてから淘汰するという作業によって洗練されるという。

 

今年はその段階からまた増やしていきたい。

 

削って削って、新しく構築したい。

 

 

最近はそんな欲求が一周回って湧いている。

 

 

自称大人になって、以前よりも自分に良くなさそうなものを避けられるようになってきた。

 

買って使わなさそうな服、

行って良かったと思えなさそうな飲み会、

虚しくなるような食べ物、

これ以上無理をすると明日に響く外出。

 

 

その選択をする度に、

「大人になったな」と思っていた。

 

これは成長だと。

 

 

でも、それは本当に正しいのだろうか。

 

今からそんな丸まっていいのだろうか。

 

そんなこともっと大人になってからだってできる。

 

私はまだ、

流石に使い過ぎたと反省するほど買い物して

行かなきゃ良かった、と後悔する飲み会に行って

無駄なカロリーを摂ってしまったと自己嫌悪に陥り

次の日が辛いくらい夜更かしできる。

 

その可能性を「大人だから」で潰すほどまだ私は大人ではなかった。

 

大人とは、社会的意味における”子どもの自分”と”大人の自分”を適切なタイミングで選択し、出すことができる人間なのではないか。

 

 

最近の私的に大人とは?という問いに対する答え。

 

全然前に進んでないように感じても意外と進んでるのかもな〜

 

というか進んでてほしいな

 

いろんな人の「大人とは?」に対する今の答え、聞いてみたい。

 

 

退職

 

 

日時:2024/03/01 10:55

天気:久々に気持ち良いくらいの快晴

 

 

 

今日、退職する。

 

待ちに待った退職。

 

何度辞めたいと思ったか分からない会社をやっと辞める

 

年明けから絶望するほど長く感じたのに

最後の3週間は記憶がないほど一瞬だった

 

 

1年半という短い間だったはずなのに、

大学の5年間よりもずっと長く感じた。

 

 

円満に辞めることができて、本当に頑張ったと思う

 

 

今日を待ち侘びていたはずなのに

 

まだ夢の中なのか、いまいち実感が湧かない

 

 

辛かった。

本当に辛かった。

 

何が辛かったかと言われると

 

先輩や上司と合わなかったとか

仕事量が多いとか

土日まで仕事の連絡が来るとかではなく

 

自分をうまく使えていないという感覚だった

 

シンプルに自分の得意が使う場面がなく

苦手な部分ばかり必要だった

 

できそうでできない

努力しても全く成果が出ない

 

なんでこんなに私は下手くそなんだろうと悔しくて悲しかった。

 

夢の中の”走っても走っても進まない”あの感覚

 

1年半、ずっと悪夢の中にいたようにすら感じる

 

でも、周りには恵まれていた

 

仲間がどんどん増えていって、

好きな人もたくさん増えた

 

 

気づけば好きな人だけで囲まれていて、私は幸せものだった

 

でも、私は辞めなければいけなかった

 

自分の尊厳のために

 

 

いつだってやりがいは内部から湧き出るものであると思うから

 

 

人はいつかいなくなる

 

でも自分の”楽しい”は死ぬまで私と添い遂げてくれるから

 

 

 

退職まで、こんなに温かい言葉をかけてくれる人達がいて

 

辞めないでと止めてくれる人達がいて

 

私は間違っていなかったのかもなとも思える

 

 

私だって寂しい

 

毎日一緒に夜中まで仕事して、

みんなで励まし合って支え合った

 

もはや青春だね、なんて笑い合った

 

仕事の内容は苦手だったけど、皆と頑張る時間は好きだった

 

1人の時間は泣いたり落ち込んでばかりしていたような期間だったのに

周りの人のおかげで笑うことができた

 

 

命の恩人だ

 

相変わらず本当に辛い時は誰にも会えなくて話せなかったけれど

 

 

でも、それでももういいんだと思う

 

それはそれで自分の強さだったりするかもしれないし

 

 

自分の苦手で1年半戦った

 

それは私の強さだ

 

 

これからは得意で戦う

 

辛いことなんてこれからも腐るほどあるだろうけど

 

 

体も心もボロボロでも私は立ち続けられた

 

この経験はきっと私の血となり肉となる

 

 

まだまだ私の人生はこれからだよね

 

絶対に勝つ!

 

 

 

好きな人がいる。

 

それはかつて恋愛感情だった。

線香花火に火をつけて、すぐに落ちてしまったような気持ちの揺らぎ。

 

でも今は人として好きだ。

 

私はうまく恋愛が出来ない。

 

 

その人が少しばかり病にかかった。

 

名前のない心の病。

 

強いて言うならば、

自分が透明人間として見える病とでも呼ぼうか。

 

私はその人の苦しみを理解したいと強く思ったり

少しでも減らしたい、と切実に願った。

 

寄り添う、という正しい意味はわからないなりに寄り添うを体現しようと努めた。

 

その人の苦しみは普遍的なものだったように思う。

 

その時の私は、ただそばにいることしかできなかった。

 

 

私よりも近しい人はたくさんいて、

私が全く意味を成していないことは気づかないふりをして。

 

 

ただその人の苦しみを少しでもスプーンですくいたかった。

 

月日が経ち、状況も変わり続け、

その人は今、前よりも少し良い状況にいる

 

きっと私の思いは届くはずもなく、

きっと私と関係なく、元気になった。

 

そして今度は私がその病にかかった。

 

彼に症状を伝えると、

 

「わかる、そんなときあるよね」

 

とだけ返ってきた。

 

私は強欲だった。

 

どこかで「同じものを返してくれるかもしれない」と期待を持っている。

 

 

人の痛みを共有すれば理解し合えると。

 

やっとあの時の痛みを理解できた時にはもう要らなかった。

 

私はいつでも痛みを共有できない呪いにかかっているのかもしれないな、と

ぼんやり歩いた。

 

鼓動に合わせ、ズキズキと痛みをじっくりと味わいながら。

 

 

人は誰しも孤独から免れるなんてできなかったことを思い出した。

 

 

 

悪意

 

人生で意地悪をされたことが記憶にあまりない。

 

悪意を感じたらすぐに距離をとっていたし取れていた。

 

 

でも会社員になって、人間関係よりも損得を優先する人間や

自分と価値観が全く異なる人間とも逃げられなくなった

 

 

特に上の立場だと、後々のことが怖くて声すら上げられない

 

悔しくて悔しくて、

何度も歯を食いしばった。

 

気づけば歯がなくなっているんじゃないかと

 

 

 

でも、意地悪してくる人にすら私は嫌われるのが怖い

 

そういう性格に自分で吐き気がする

 

嫌なことは嫌、おかしいことはおかしいと声を上げることすらできない

 

じっと我慢してばっかりの自分が憎い。

 

 

外側からプライドを削られ、内側から自尊心を削る

 

掘削速度は内側が外側の2倍ほどになる。

 

 

私はこのまま進むと存在自体が消滅する

 

 

一刻も早くここから出なければ。

 

 

焦る自分にかけられるアドバイスこそ鬱陶しいものはない。

 

「早く転職しなよ」「辞めた方がいい」「もっといいところあるよ」

 

うるさい。黙れ。

 

必死にもがいて進んでいることを知らない人間が。

 

そんなこと一番自分が分かっている。

 

私と同じ経験をしたことがある者だけが石を投げろ。

 

意見を求められてないうちは他人に口出しするな。

 

 

でも分かったことが1つだけある。

 

 

私は自分の価値観の中だけでしか物を考えられない人間が一番大嫌いだということ。

 

果たして自分の思考は正しいのかと自問できない人間が。

 

 

 

見てろ。

私が私の人生を選択する。

 

この地獄から助けられるのは自分だけだ。