遊備忘録

ここで泥を吐き出すことによって日常生活を保つことができます

主役

 

今日はアクシデント続きの一日だった

 

けどきっと何か意味があるんだろうなあとどっしり構えていたら

やっぱり良い一日になった

 

お久しぶりの人に会えたり、その話の中でひらめきがあったり

 

余裕がないとつい悲観的になる。

し、ついつい塞ぎ込みがちになる。

 

そんな時に誰かと話したり、誰かの話を聞くってすごく大事な時間だなと再認識

 

よく会ってる人とかだと、逆に話せないことも

普段会わない人だと話せたりする

 

もちろんよく会ってくれる人も大事

 

土曜日もなんやでしょっちゅう会ってる人たちと遊べて楽しかったし、

どっちの息抜きも必要だな

 

 

人によって話す内容も、テンションも全く違うけど全部大好き

 

 

話がずれた

 

 

今日思ったのは、誰かを励ましてる時って

自分が一番励まされてるなって話

 

ニーチェくさ

 

 

 

いつも誰かの話とか悩みとか聞く時って

その人をどうにか良い方向に、と願いながら話している

 

そうするとなぜか自分も一緒に気合が入る

 

私も頑張ろーって

 

 

教える人が一番学んでるみたいなことと同じなんだろう

 

 

逆に愚痴とかは言っていてもいい気しないし

聞いている側もつまんないし

「誰も私の話を聞いてくれない」

とか被害者意識出るから愚痴を言うのはやめた方がいいね、お互いの為に

 

それなら笑いに変えるぐらいまでの技量が必要だな

 

 

あと、なぜか愚痴を言ってしまう相手っている

 

それはお互いのために離れた方がいい

相性ってあるから

 

 

 

 

少し前、一番しんどいくらいの時期かな

 

 

家に帰っても仕事をしてる姿を母が見て

 

次の日の朝

「しんどいだろうけど、いい顔してるね」と言われた

 

 

どんなに愚痴を言っても救われないその時の私に

 

こんなに救われる言葉ってあるんだな、と自分の母に対して感動した

 

「大変だね」とか「もう少しの我慢」とかじゃないんだな

 

私も誰かの心を救えるような言葉選びができる人間になりたいなと強く思った

 

 

 

卒論に仕事に引っ越しに

 

発狂しそうになっているけど、とりあえず一旦切り捨てられる所を探す作業をした

 

仮で引っ越しの日を決め、内見までは何も手を付けない

 

卒論と仕事は同時並行で着手する

 

 

人間の脳は無意識に出来ない理由を探すようになっている

 

まさに自分が今その状態で、卒論や仕事のできない理由を探していた

 

「仕事の日は疲れて出来ない」とか

 

「今週の土日は忙しい」とか

 

「通勤時間が長いから」とか

 

 

こうやってどんどん主体性がなくなって悪循環に陥る

 

自分の行動は自分で決めているというはっきりとした意識が

人生の中で一番重要だと私は思う

 

 

私の永遠のテーマであり、一番難しい

 

 

けれどその意識こそが辛さを充実感に変える秘訣だと思う

 

 

自分の人生の主役は自分であると恥ずかしながら、でも断言したい

 

 

できない理由を無意識に探すのなら

 

できる理由を意識的に探してやる

 

 

 

苦しいし、辛い時だってもちろんあるけど

 

全部全部養分にしてやる

 

全部私の財産だ

 

 

 

頭が良いとか悪いとか

 

体力があるとかないとか

 

年上だからとか若いからとか

 

顔が良いとか悪いとか

 

どんなことでも言い訳にできる

 

だからこそできる理由を探していく

 

 

まだいける

 

もっといける

 

 

こんなもんじゃないでしょ私

 

 

 

きっと出来る、私だからね!

 

そしてあなたもね!